●社員を「承認」できないんです
リョウさん(男性)は、最新のトレーニングジムを経営しています。
一昨年、会社員から独立・起業。いま注目の分野だけに、あっという間に神戸市内に3店舗を出し、今年6月には大阪にも進出しました。
しかし、先ごろ行われたコーチング講座の1日目に参加したとき、リョウさんの表情は疲れ切っていました。
「私、スタッフを『承認』できないんです」
社員と話すたびに、「甘い」と感じる。イライラして切れそうになる。怒鳴ってしまう。
どうやら、だいぶスタッフとの間に摩擦があり、離反が起きていたもよう。
優秀な起業家には、珍しいことではありません。
講座の1日目には、コーチングの「承認」(=認める、ほめる)という手法をかなり「みっちり」扱います。これは、人の働く動機づけの中で「認められる」ことが最も重要で根源的なもの、という当協会の考えに基づきます。
リョウさんの苦悩の表情は深くなっていきました。
講座のあとの喫茶店での懇親会でも、リョウさんは
「承認できない」
という言葉を繰り返しました。
「今ひとつ見えてこないのですが、」
と私はきいてみました。
「何かを変えたいと思っているのですか?」
「思っていますよ。今日もこのあと、スタッフとミーティングをするんです」
とリョウさん。
少し、表情が張りつめていました。
●「君と仕事ができて幸せ」
翌朝。
講座1日目のあと、「身近な人を『承認』してくる」という宿題を出します。2日目の朝は、その発表から始まります。
最前列に座っていたリョウさんは、後ろを向いて参加者全員に顔を向け、しっかりした口調で言いました。
「きのうは、『今日こそスタッフをほめる』と、悲壮感が漂っていました。きのう夜7時からこの会場の近くでスタッフと待ち合わせ、スタッフが新しいトレーニングプログラムを持ってきました。これまで何度も叱って突っ返していたものです。
『今日は内容がどんなでも、いいところを見つけてほめる』と決めていたんですが、持ってきたのを見ると、ものすごくいいものを作っていました。
『凄いやん。ここも、ここも、凄くよく考えて工夫してるやん。オレ、君らと一緒に仕事できて幸せや』
手放しでほめちぎりました。
スタッフもぽろぽろ涙を流して、『社長、今までお役に立てずすみませんでした』と。2人で手を握り合って泣いたんです」
1日目のリョウさんからの激変ぶりに、会場はしんとなり、そして拍手が湧きました。
このことを皮切りに、その後もリョウさんはスタッフを次々「承認」していき、そのたびに「感動エピソード」が生まれたそうです。
●会社が伸びるかどうかは「承認」次第
たくさんのベンチャー・起業家の方をみてきましたが、どんなに優れたビジネスモデルであっても、社長の人を育てる能力、とりわけ「承認」する力のあるなしが、会社の伸びるかどうかの決定的要素になることがあります。
起業家を優秀な起業家たらしめている資質―たとえば我の強さとか、長時間働く体力、営業力の源になる社交性、コミュニケーション力、スピード感、時代に合ったビジネスモデルや販路をかぎつける直感など―は、社員との関係にマイナスに働くことがめずらしくありません。それらの資質を持たない社員には、無性にイライラしてしまうのです。
社長が次の「夢」を追って事業拡大に走っているときに、温かいねぎらいの言葉ひとつかけてもらえない社員は疲弊し、優秀な人材も離職していき、それが足かせになって事業が伸び悩む、ということが起こります。
「リョウさん」は、会社の「人」の問題を、人を伸ばすコミュニケーション、「コーチング」と結びつけて考えることができ、講座に足を運んだラッキーな例でした。(ただし、のど元過ぎれば何とやらで、「コーチング」も「承認」も継続していくことが大事なのですが)
ベンチャー・起業家の世界で、もっと「企業内コーチング」の重要性が知られるようになることを願っています。(了)
(帝国データバンク発行 TEIKOKU NEWS 兵庫県版 2009年8月17日 掲載)
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