ブラック企業で警備員の仕事をして気管支炎になった

ブラック企業

今回はブラック企業の体験談を聞いてきました。

実際、ブラック企業に勤務された方に生の声を聞くと、独特の辛さがあったのでシェアしたいと思います。

今回、話をお聞きしたのは以下の人です。

【職業】
警備員 25歳 女性

【勤続年数】
5年

【雇用形態】
正社員

ブラック企業の体験談

私は25歳のときに地元の警備会社に就職し、警備員として働いていました。

地元では一番有名な大手の警備会社で、知らない人はいないくらい知名度が高い企業でした。

しかし、そこが入った後でブラック企業だったことを知りました。

どのようなブラック企業だったのか

私は、警備員になるまではアルバイトなどを転々としていました。

どこかの企業で正社員として、まとまったお給料を受け取りながら働きたいと思って選んだのが今の会社でした。体力には自信があったので警備の仕事を選んだのです。

警備員の仕事は主に「交通誘導」「雑踏警備」「施設警備」に分けられますが、私は主に道路工事で交通整理が必要になった道路や観光地、スーパーなどの混雑している駐車場などで、車両や人々の行き来がスムーズに行くように誘導を行っていました。

道路ではドライバーとトラブルになることも多くありました。新人の頃は「整備の仕方がへたくそだ、危ないだろ!」とドライバーから罵声を浴びせられることもたくさんありました。

スーパーや観光地ではお客様から「もっとスムーズにやれよ!逆に邪魔だぞ!」と整備のやり方にクレームをもらうことも多々ありました。

警備は、人々の安全を守らなければならない仕事であり、常に事故と隣り合わせなので緊張感もありました。

仕事で気管支炎になった

その中でも私は、電力会社の電気工事に一緒についていき、道路の交通整備をする仕事をやることが一番多かったです。

一日に何か所か回るため、工事が終わるたびに車で移動します。遠いところでは何10kmも車を走らされました。朝は5時半に出勤し、夜は遅いときで10時頃まで仕事をさせられました。

夏は炎天下で何時間も立ったまま仕事をするので、顔は真っ黒になります。水分をまめに取らないと熱中症になりそうでした。

途中でペットボトルや水筒の水がなくなっても近くに自販機がないと買うこともできませんでした。座ることは許されないため、体力は消耗するしとても過酷な現場でした。

また、警備員同士で連絡を取り合ったりすることも多く、マスクをつけると声がこもってしまうため、仕事中はつけないようにしていました。そのため道路の排気ガスや砂ぼこりを吸い込み、咳が止まらなくなってしまいました。PM2.5の数値が高くても関係なく出勤させられました。

休みがほとんどなく残業ばかりで病院に行く時間も取れず、やっと病院に行ったときには気管支炎が喘息に移行しており、すでに症状が悪化してしまっていたのです。

内服薬だけでは治療が困難だと医師に告げられました。会社に相談しましたが上司は聞く耳を持ってくれず、「自己管理できないお前が悪い!何してんだよ!」と逆に注意される始末でした。

冬は氷点下での仕事になるので、手足が凍るくらい寒かったです。ずっと立ったままなので、何枚も衣服を着こんでいきますが、手足の感覚がマヒしてしまいしびれたままで仕事をしていました。

仕事の日が天気が良いとも限らず、雨の日も風の日も関係なく仕事に駆り出されました。

人手不足で過酷な労働

アーティストのコンサートのライブ会場での交通誘導やサッカーの試合を行うスタジアムでの交通誘導もやりました。

勤務は二交代制で、入社後しばらくして夜勤をまかされるようになりましたが、日勤で夕方5時まで仕事をしたあと、また夜9時に出勤し、その後夜勤が2〜3日続くことはざらにありました。

連続の夜勤を終えて、やっと休みだ!と思ったその日の夜、上司から出勤命令の電話がかかってくることもざらにありました。さすがに休ませてくれ!と思いましたが、上司はすぐに電話を切ってしまいました。

私は初めて就職したのがこの会社だったので、この労働条件が普通なんだと思い込んでいました。

しかしだんだんと残業や夜勤が増え、休みがほとんどない月もあったりして、過酷な労働を強いられるようになってから、おかしいぞと思い始めたのです。

明らかに労働基準法違反であると感じましたが、上司に訴えることは許されないような雰囲気でした。このような現場であったため、新しく入ってもすぐに辞める人が後を絶ちませんでした。

また、人件費を削減しているのか明らかに少ない人数で回しているような雰囲気でした。

人手不足が深刻だったため、私を含め従業員は、過酷な労働を強いられることになったのです。休日出勤は当たり前で、ゴールデンウィークやお盆、年末年始も関係なく働かされました。

睡眠が十分とれないため、仕事中もふらふらし、意識がもうろうとなることもありました。

休みは基本週に1回ですが、ひどいときには1ヶ月休みが1日もないことがありました。そのときはさすがに倒れそうになってしまいました。

電気工事の現場で働いていたときに、自分の車に乗って別の現場に移動するのですが、寝不足がたたり、何度か事故に遭いそうになったことがあります。

自分では自覚はなく記憶も定かではありませんが、やはり居眠り運転をしていたのかも知れません。本当に危ないと思いました。

これだけ働いてもボーナスなしで、最低賃金でした。あれだけ残業して夜勤までしたのに、たったこれだけというような金額だったのです。

はっきりとした金額は言えませんが、普通のサラリーマンや会社員の半分以下の月給で、働く意欲が失せてしまいそうになるくらいの金額でした。

私の企業では、いろんな年代の人が働いていました。現場の監督から罵倒されたり、理不尽な扱いを受けることもありましたし、同じ警備員でもいじめをしたり、陰湿な嫌がらせをしてくる人もいました。

精神的に追い詰められた時期もありました。人間関係は正直よくなかったです。劣悪な環境でした。私は経験がなかったですが、中には暴力を振るう警備員もいました。

また、警備の仕事はいつも仕事があるとは限らず、交通整備の仕事は年度末などに集中することが多いため、たまに本当に仕事が入らない月がありました。

働いた分しか給料がもらえないため、そういった月には月給がほとんど入らないときもあり生活面でとても大変な思いをしました。

東日本大震災の時の警備

一番印象に残っているのは警備員として働いていた時に東日本大震災があったことです。

震災の影響で電線が壊れたり、電柱が倒れたり、木や家屋が倒れたりしているところもあり、交通整理のために毎日駆り出されていました。

家族も避難所で生活しており、余震が続いている地域だったため、私自身も本当は避難したかったけれど仕事をしなければならず、いつ地震がまた起きるのかびくびくしながら仕事をしていました。

海からは遠い地域だったため津波の心配はありませんでしたが、地震の規模も大きかったですし、二次災害などの危険性も高かったため、正直働きながら命の危険を感じていました。不安で不安で仕方がなかったです。

そのような状況で、働ける人手もさらに限られていました。震災によって人手不足にさらに拍車がかかり、私は昼夜問わず仕事をすることになったのです。

精神的な緊迫感から普段よりもかなり疲れ果ててしまっていました。こんなときでも家族のそばにいることができないことを申し訳なく思いながら、しかし生活のためと思ってなんとか意思を強く持って働き続けたのです。

上司はそんな私の気持ちは一切無視するかのように、様々な現場に行くように指示してきました。

他の会社から仕事を委託されていたようで、遠くは県外まで仕事に行くこともありました。移動で何10kmも車を走らせるため、帰る時間が夜中になることもありました。

そんな過酷な労働を続けた結果、私は過労によって仕事中に倒れてしまいました。病院で点滴を打ってなんとか回復したものの、翌日上司からまた出勤するように言われたのです。

私はさすがに怒りを通り越して何も言い返すことができませんでした。

その状況を改善するためにしたこと

月の残業時間は45時間を普通に超えており、私は精神的にも肉体的にも疲弊していました。

私は過酷な労働条件のもとで働くことに限界を感じ、上司のもとへ相談に行ったのです。

上司に夜勤の回数や勤務日数の変更を訴えましたが、案の定すぐに却下されてしまいました。「甘ったれてんじゃねえ!お前よりもっと大変な思いをして働いているやつもいるんだぞ!文句言うんじゃねえ。働かせてもらえてるだけ感謝しろ!」とひどい言葉で返されたのです。

「自分は現場に出てないくせに、えらそうなこといいやがって!」とその場で言いたかったですが、なんとか気持ちを静めました。

上司は管理職だったので、朝9時に出勤し夕方5時には帰宅しており、それをみてうらやましくなることもありました。

オフィスの中にいるだけですし、こんなに自分みたいに過酷な場所で働いているわけでもない、それで自分よりお給料がいいなんてと悔しさでいっぱいになりました。悔しくて悲しくて涙が出てきました。

それ以降、私は上司から勤務形態や給料面で不満を持っていると認識され、目を付けられるようになってしまいました。あえてみんなが行きたがらないような山奥の現場に派遣させられたり、言葉の暴力や嫌がらせを受けるようになったのです。

人手が十分足りていそうなときでも仕事に駆り出され休みを減らされました。

立体駐車場の配車整備の仕事も私の企業では行っていましたが、日陰で涼しく人気があって、そういった現場にはほとんど回してもらえませんでした。基本的に外での仕事を振られ、毎日残業させられたのです。

上司の言うことは絶対というのが当たり前という雰囲気でした。

さすがに限界を感じて、周りの同僚や先輩にも相談したのですが、私が上司に目をつけられてしまっていたことを知っていたので、「上司に何をされるかわからない、何もしないほうが身のためだ」とみんなに口をそろえて言われてしまいました。

誰も相談に乗ってくれませんでした。警察や労働基準監督署などに行ったほうがいいのかなあとも考えましたが、私も生活がかかっていたので、結局それ以上何もできなかったのです。

労働基準監督署の視察が来ることが決まると、従業員はオフィスに来ないよう命じられました。

視察の時には、嘘の報告を上層部はしていたようで、うまく法律をすり抜けていて一度も調査を受けることはありませんでした。労働基準法違反を監督署も見抜けなかったようです。

結果的にその仕事は辞めませんでした。

仕事を辞めなかった理由

私は実家に借金があり、親の代わりに返していかなければならなかったため、辞めることができませんでした。

学歴もなく、雇ってくれるところもあまりないだろうと諦めていたのも理由の一つです。

また、私が就職して半年ほど経った頃に、父が心臓に不整脈が見つかり入院、手術をすることになりました。手術後も最低3ヶ月は仕事はしないようにとドクターストップがかかったのです。

治療費はある程度国から援助してはもらえるものの、手術の結果や予後次第で、父の仕事復帰できる時期が決まるという状況でもありました。

稼ぎ頭であった父の収入がなくなることや、母が高齢で働いていないことから実家がピンチだったので、そのときに自分が仕事を辞めることはできなかったのです。

正直、父も高齢だったので、自分が一生懸命働いて父には家でゆっくり過ごしてほしいというのも本音でした。

結局、家がそのような状況だったので、両親を心配させたくないという気持ちから、家族にも相談することができませんでした。

両親に相談しても「そんなところ辞めたほうがいい」と言われるだろうと思っていたのも理由の一つです。

あまりにもきつかったので辞めたかったのですが、夜勤に入ると日勤よりは給料が少しは高くなったので、無理をして仕事を続けました。

ブラック企業に勤めている方へのアドバイス

上司のふるまいや企業の体質に関して、いろいろと思うところがたくさんありました。しかし私は何もすることができませんでした。

それは、企業も悪いかもしれませんが、何もできなかった私自身も悪かったのではないかと感じています。

現状を改善するために、もっと何か行動していたらよかったのではないかと今は思っています。

私は生活がかかっており、何か自分が行動を起こすことで仕事を辞めさせられるんじゃないかという恐怖や不安から何もすることができませんでした。

少なくとも、誰でもいいから相談できる人を見つけて話せていたら、少しはそこから状況が変わったかもしれません。

私は同じ企業の中で相談できる人を見つけようとしましたが、結局みんな辞めさせられるのが怖いので何も変わりませんでした。

みんな、私と同じでした。そのため相談するのであれば、自分の勤めているところ以外の人がいいと思います。家族でもいいですし友達でもいいと思います。

一人で抱え込まないことが大切です。働く人それぞれに事情があります。自分の勤めているところのことを打ち明けるのは勇気が要ります。

しかし、状況を変えなければ、自分がダメになってしまうかもしれません。企業に潰されてしまうかもしれません。

現代は過酷な労働を強いられてストレスや疲労で過労死する人もいます。それが大きな問題になっています。

ストレスで病気になったりする人もいます。私の勤めていた企業でも、勤務中の突然死や、心筋梗塞、脳梗塞を発症して運ばれた人が何人もいました。

もともと人それぞれに持病がある人もいるかもしれませんが、ストレスで病状が悪化した可能性も十分あります。

私たちが行動を起こさない限り企業は変わってはくれません。そのことを私は自分の経験を通して身を持って知りました。

私は先ほども書きましたが気管支炎になりました。慢性化してしまい喘息と同じ治療をしないと治らなくなり今では吸入薬は手放せません。

自分がダメになってはなんのために働いているのかわからなくなります。もっと自分自身を大切にできる選択肢ができることを望みます。

誰かに相談することでアドバイスをもらい、できるだけ早く解決の方向に行くことを願っています。

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