介護施設の介護職員は休日出勤が当たり前のブラックだった

ブラック企業

今回はブラック企業の体験談を聞いてきました。

実際、ブラック企業に勤務された方に生の声を聞くと、独特の辛さがあったのでシェアしたいと思います。

今回、話をお聞きしたのは以下の人です。

【職業】
介護施設の介護職員 20歳 女性

【勤続年数】
2年

【雇用形態】
正社員

ブラック企業の体験談

私は高校卒業後、18歳の時に介護施設の「ショートサービス課」という課に配属され、正社員の介護職員として働いていました。

就職してからすぐにこの会社がブラック企業だということに気がつき、勤続年数約2年で退社をしました。

どのようなブラック企業だったのか

実際に就職をする前に聞かされていた仕事内容は「お年寄りの日常のお世話」をメインに話され、介護実習等で行ったいくつかの介護施設と何ら変わりのない仕事内容でした。

勤務時間は早番、遅番、夜勤の3交代制と言われ、出勤日数は週休2日制と言われました。

そして就職説明会時は「職員同士がとても仲が良く、仕事終わりに遊びに行く職員もいる」「夜勤はそれほど辛くないので夜勤明けはみんな元気」と言われていました。

こうした施設の説明を受け、「自宅からは少し遠いけれど、楽しそうな職場だな」と思い私はこの介護施設に就職をすることを決めました。

ですが実際に就職をしてみると就職説明会で説明されていた内容とはかなり異なり、「開いた口が塞がらない」ということわざがぴったりなくらいでした。

介護以外の仕事が多すぎる

その、かなり異なる内容としてまずは仕事内容です。

就職をする前に聞かされていたお年寄りの日常のお世話は介護施設なのでもちろん間違ってはいなかったのですが、お年寄りの日常のお世話とは別に施設全体で割り振られている委員会、勤務部署の課ごとのレクリエーションなどの役割分担などがあり、お年寄りの介護以外にも仕事が山ほどありました。

もちろん就職説明会時に事細かく話してくれる訳ではないと思っていますが、委員会や課ごとの役割は月に数回といったレベルではなく、お年寄りの介護と同じ位の仕事量で毎日のようにやることがありました。

介護職員としての仕事はお年寄りの介護がメインなので、委員会や班の役割を後回しにして当たり前のように介護を優先した仕事をしていたのです。

けれど、先輩職員からは「委員会の資料は作れたの?」「次のレクリエーションは何するか考えてあるの?」「行事計画書はもう施設長に出してあるの?」などと毎日のように言われていました。

ちなみに私はまだ就職して間もなかったということもあり、こうした委員会の資料作りやレクリエーションの様々な事を私が担当していたため、先輩職員達は何もせず口だけでした。

そして行事計画書を勤務終了後に残業をしてまで作成し、同じ班の先輩職員に確認をしてもらわないといけないため翌日先輩職員に行事計画書を提出すると、あまり目を通していないのに「何でこれになったの?」「この日は職員の数足りてるの?」などと言われます。

「勤務表を確認し、○日であればレクリエーションができるかと思いまして…」と先輩職員に言うと、「違うレクリエーションを考えてまた提出して」と言われました。

これが一度であれば「私の案があまり良くなかったのかな?」「もう少し良く考えて作ったほうがよかったのかな?」と思うことができます。

けれど、行事計画書を先輩職員に提出する度にこうしたやりとりになっていたので、行事計画書を提出する回数が多くなれば多くなるほど「わざとなのかな?」と先輩職員に対して思うようになっていきました。

こうしたやりとりが毎回なので、この施設に勤務をしていた約2年間の間に先輩職員に行事計画書を提出した数は毎月20枚以上、それが通り施設長の元へといった行事計画書は1年で約2枚ほどでした。

ちなみにレクリエーションは毎月1回は必ず開催していたので、年間にしたら約250枚程行事計画書を作成していたことになります。

私の仕事は営業でも何でもなくお年寄りから必要とされる介護職員なのに、いい行事計画書ができたとしても先輩職員から褒められることは一度もありませんでした。

勤務時間が長く毎日残業していた

そして勤務時間です。

就職説明会時に勤務時間は早番、遅番、夜勤の3交代制と言われ、「仕事後に遊びに行く職員もいる」「夜勤明けはみんな元気」とも言っていましたが、実際に就職をすると早番、日勤、遅番、夜勤の4交代制、毎日必ず短くて1時間以上、長くて3時間未満の残業でした。

ちなみに早番が終わるのは夕方の4時、日勤が終わるのは夕方の6時、遅番が終わるのは夜の7時30分、夜勤が終わるのは翌日朝の9時30分でした。

これらの勤務終了時間に毎日3時間未満の残業では、遊びに行く元気や時間はありません。

ちなみに勤務開始時間は早番が朝の7時、日勤が朝の9時、遅番が朝の10時30分、夜勤が夕方の5時からなのですが、勤務開始時間の30分前には勤務場所に居なくてはならないという暗黙のルールがありました。

このルールは先輩職員の誰かに言われたとかではないのですが、就職して間もない頃勤務開始15分前に勤務場所に行ったら「来るのが遅い。みんなはもっと早く来ている」と先輩職員に指摘をされました。

その指摘が気になりその日から先輩職員の入り時間を確認すると、どの先輩も勤務開始時間30分前には勤務場所にいました。

ですが勤務表の作りからすると、勤務開始30分前に勤務場所に居るのはちょっと辛い日もありました。

というのも、前日が遅番勤務で夜の7時30分まで仕事をし、そこから3時間未満の残業をすると退勤時間が大体夜の9時になります。

それから帰宅しお風呂に入ったり身の回りのことをすると、寝るのは大体いつも深夜の0時前後になってしまいます。

そして翌日が早番だった場合6時頃には会社に着き、勤務服に着替えて早番開始30分前の6時30分には勤務場所に居なくてはならないので、こうした勤務にされてしまうと睡眠時間は大体4時間程しかとることができませんでした。

ちなみに私は仕事とプライベートをきちんと分けたいタイプなので、就職して間もない頃、勤務時間以内に段取り良く仕事を終わらせ、勤務終了時間に上がれるようにし、勤務時間終了になり「お疲れ様でした」と先輩職員に言って上がろうとしました。

すると「どうして1人で上がろうとするの?同じ遅番の職員がまだ仕事してるでしょ?一緒に上がるのが当たり前じゃない?」と先輩職員に言われました。

この時私は「ここの職場は頑張れば頑張るほどバカを見る職場だ」と心の中で思いました。

そしてどんなに段取り良く、勤務時間以内に仕事を終わらせたとしても同じ勤務の人の終わっていない仕事の手伝い、その後は委員会の資料作成や課ごとの班の様々な仕事の残業の毎日でした。

ちなみに毎日3時間未満の残業をしていましたが、その日の内に課の主任の残業証明印鑑と、「確認しました」という意味を持っている施設長の印鑑が貰えないと残業手当は発生しませんでした。

なので、どんなに毎日長い残業をしても残業手当が発生するのは月にして大体4分の1程でした。

1日も休みがない月があった

そして出勤日数です。

就職説明会時は週休2日制と言っていましたが、実際に就職をしてみると月に2回程しか休みがなく、運が悪い時は月に1度も休みがない日もありました。

というのも、毎月課ごとの会議、施設全体の会議、施設全体の勉強会、委員会があったからです。

そして施設全体で行われる行事は公休、有給、夜勤明け職員など関係なく全員参加、課のレクリエーションではレクリエーション班は公休、有給、夜勤明けに関係なく参加しなければなりませんでした。

公休、有給だったとしても施設の行事や勉強会、委員会などは手当てが発生したのですが、課のレクリエーションはいつも無償でした。

ちなみに委員会の資料やレクリエーションの行事計画書の作成も勤務終了後だけではなく、休日出勤をしてまでも作成していました。もちろん無償です。

こうした行事や会議、勉強会や課のレクリエーションにより自分の公休や有給は削られていき、運が悪いと休みがない月が続いたりしていました。

その状況を改善するためにしたこと

自分がブラック企業に勤めているということに気がついてからは、あまり頑張りすぎないようにしました。

というのも、ブラック企業なので頑張れば頑張るほど辛い思いをするのは自分だということに気がついたからです。

なので毎月何枚も出していた行事計画書もいい意味で適当に作成し、「どうせやり直せって言われるんだから真面目にやらなくても」という気持ちでいました。

そして本当に休日出勤をしたくない日は「体調が悪い」と課の主任に連絡をして仮病を使ったりしていました。

もちろん後日先輩職員からグチグチと言われますが、その状況を改善するにはとりあえず自分の身は自分で守らなければならないので、本当に体が辛い時だけ仮病を使って体を休めていました。

また、本当はしてはいけないのですが、委員会の資料作成だけ自宅で作ったりする日もありました。

仕事場で委員会の資料作成をしていると「〇〇やるから手伝って」などと先輩職員に言われ、残業時間が長引いてしまったり、無償の休日出勤なのに仕事をしなくてはならない状況になってしまうので、職場の人には内緒でこっそりと自宅で委員会の資料作成をして息抜きをしていました。

ちなみに、勤務の組み合わせがおかしすぎる月が何度も続いた時は、主任ではなく施設長に申し出てみたものの「課の主任ではないからなんとも言えない」と一蹴りされてしまったのです。

なので主任に「最近遅番からの早番という体力的に辛い勤務が多い」ということを伝えましたが、「若い人の方が体力があるから〇〇さん(私の名字)にしかこういう勤務はお願いできないんだよね。他の人だとグチグチ言われちゃうし…」などと言われてしまいました。

改善どころか主任自体が職員の顔色をいつも伺っている状況だということに改めて気がいたので、主任に言う以外の改善案は見つかりませんでした。

もちろんこんな主任なので勤務についてはなにも改善されることはなく、約2年間私は体力的に辛い勤務をしてきました。

また、就職して間もない私が先輩職員にあーだこーだ言える立場ではないので何かある度に「どうしたらいいんだろう?」「なにをしたらいいんだろう?」などと考えてみました。

けれど先輩職員もそうですが、この介護施設自体が改善しなければならない問題だと言うことに気がつき、それは絶対に無理なので、自分がこの介護施設を退職するという以外の改善方法はありませんでした。

その結果、私は退職をしてこの状況から逃れました。

結果的にその仕事は辞めました。

仕事を辞めた理由

私が辞めた理由は「全て」です。というのも、勤務時間、仕事内容、出勤日数の全てに対して不満だったからです。

もちろんこれ以外にも仕事場の人間関係や様々な暗黙のルールなどにも不満はありました。

私が配属されていた課にだけ不満があったわけではなく、施設自体がもう嫌で退職を選びました。

仕事をした分だけ、仕事を頑張った分だけお給料が上がったり、昇級したりなどがあればこんな不満だらけの仕事場でも頑張って働き続けてたと思います。

ですが、この介護施設は頑張ったところでお給料が上がったり、昇級するということはほとんどなく、日々の頑張りではなく、勤続年数が長ければ長いほど主任や施設長になれるといった感じでした。

そして同じ勤務の人が終わってない仕事を残業までして手伝うという割りに合っていない勤務、日々不満を抱えながら仕事を頑張っているのがバカバカしくも思えました。

「主任や施設長になりたい!」という気持ちは一切ありませんでしたが、頑張っているのになんの評価もされない仕事場に嫌気がさしたというのも本心です。

もちろん介護という仕事は大好きですし辞めたくはありませんでしたが、もっといい介護施設があるということを願い、私はこのブラックな介護施設を退職することに決めました。

ブラック企業に勤めている方へのアドバイス

ブラック企業に勤めている方全員が「この会社はブラックだな」と感じていると思います。

「この会社ブラックだな」と感じたのであれば何か行動に移さない限り、あなたはずっとその会社の雇われ社員です。

もちろんどの会社に勤めたとしても自分で会社を起こさない限り雇われ社員ではありますが、ブラック企業の雇われ社員というのは他の企業に比べて上司からかなりいいように使われていたり、一切口答えをしない社員であれば社員であるほどいいように使われてしまいます。

それではあなたの体調が悪くなる一方です。

勤めているブラック企業のせいで体調を崩し、一生その辛さ、病気と向き合っていくとなると精神的にも参ってきてしまいます。

何か行動を起こしてもなにも変わらない会社なのであれば、退職や転職を考えた方が身のためです。

今務めている会社がどんなにお給料がよかったとしても、休日がなさすぎてそのお給料の使い道が全くないのではないでしょうか?

だったら今よりも少し給料の安い手当て、休日等がしっかりしている会社に転職をした方が、給料が今より安かったとしても自分らしい生活を送れるようになります。

ブラック企業に勤めていると毎日が辛いだけです。退職、転職をして自分らしい、充実した日々を送ってください。

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